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2010-01-27

長崎ぶらぶら日記 其の④

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 長崎を訪れた観光客で 足を運ばない人はいないであろう 大浦天主堂 そしてグラバー園へとやって来ました
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 こちらはヨハネ パウロ2世が天主堂を訪問したときの 記念像 義父はアイルランド系で大変熱心なカトリック信者なので 義父のために1枚パチリ
 私は高校の修学旅行で初めて長崎に滞在しましたが その時は大浦天主堂で早朝ミサに出席というスケジュールが組まれていました(学校がカトリック系だったのです)前の晩おしゃべりに夢中でつい夜更かしをしてしまい 眠い目を擦りながら 天主堂へ続く坂道を上った覚えがあります 私がまだ小さかったせいか 余りにも遠い過去の出来事で記憶が風化しているせいか 天主堂講内は大変広かった様に記憶していたのですが 今回改めて覗いてみると あまりのこじんまりさに少々驚き しかも教会の解説がスピーカーから絶え間なく流され 神と対話する聖地としての教会の雰囲気は カケラもありませんでしたので さっさと退散しました

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          さて こちらは天主堂に隣接したグラバー園と グラバー氏
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             (この写真はhttp://www.glover-garden.jp/shiru.htmlより)
 前にも書きましたが グラバー氏はスコットランド北部アバディーン州の出身 21歳の若さで来日し貿易会社「グラバー商会」を設立 武器や後には生糸やお茶の貿易、大規模な製茶工場の運営を手がける傍ら 伊藤博文や井上馨らの渡英留学も手助け さらには大浦で日本初の蒸気機関車の走行にも成功 また高島炭鉱の経営者としても活躍し 炭鉱が三菱の岩崎弥太郎に払い下げられてからもその所長として また三菱財閥の顧問として迎えられたとか さらにはイングランド出身のウォーカーと「ジャパン ブルーワリー」を設立し これは後の麒麟ビールだそう こうした日本の産業近代化に多大なる功績を残したグラバー氏は 外国人で初めて日本の勲章を授かったそうです しかしながらこのグラバー邸を始め 園内の4つの屋敷は総て英国出身者の貿易商人達によって建てられたもの 英国人は本当に この当時 日本(のみならず恐らく世界中)の実業界で中心的役割を果たしたのですね  
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          グラバー邸の温室には 今も尚 美しい花々
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        こちらはオルト邸 本格的なローマ風西洋建築 重厚さが魅力です   
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 さて グラバー園の麓には 郷土芸能資料館があり 長崎おくんちの山車が飾られていました このお祭りも一度見てみたいなあ
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        ポルトガルの旗印をもつ 南蛮船  
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             これは「龍踊」に使われます
 
長崎旅行記 まだまだ続きます  
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No title

こんばんは~。
中学の修学旅行でグラバー邸に行きましたが、そうそう、こんなかんじでした! 少し小高い場所にありましたよね。
出島にも行った記憶があります。私の学校はプロテスタント系で
大きな教会で礼拝をしたのですが、あれはどこだったかなあ~。。

グラバーはアバディーンの出身なのですね。以前の職場にいたスコットランド人の英語教師もアバディーン出身でした。とても誇り高い人でした。自分はイギリス人ではない、スコットランド人だ、といつも言っていました。

No title

June様>今日は Juneさんの学校はプロテスタントですよねー 私の大学と同じだ(校舎の設計も同じ人ですよね)
 長崎中心で大きな教会というと あとは浦上天主堂? 私もこの後出島に行きましたが 出島付近は再開発され 昔と随分変わっていました また写真見てね
 
 そう スコットランド人もウェールズ人も イギリス人(British)とは あまり言いませんねえ 自分たちのルーツを大切にしているのでしょう 私の夫みたいに あちこちの血が混ざっていると Britishと言わざるを得なくなるのでしょうが 
 
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Kazue イギリス人の夫と6年余りの英国、スペイン生活を経て 2008年夏 日本へ帰国

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