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2009-04-28

金沢動物園

 私の夫は動物園が大好き 目に青葉が眩しい日本晴れとなった日 金沢動物園に行って見ました

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2009-04-26

地球のこちら側での再会!

 この週末 急遽関西へ帰省していました というのも 英国で仲良くしていたRさんが 大阪の実家に里帰りされているので お会いして来たのです!
 Rさんは元々私の姉の友達で 私と同様に英国に留学中現在のご主人と出会い 結婚 そのまま英国にもう10年以上も住まわれています 私が初めて留学し 知り合いも全くいなく心細い思いをしていた時 親切にお会いして下さり お陰で私は 留学中の勉強の悩みや海外に住んでいて誰もが感ずるであろう漠然とした不安など Rさんとお話することが出来 彼女の優しい言葉や温かい励ましに何度となく助けられました そしてそれから私も英国で結婚し 彼女とはお互いの配偶者も含め、お互いの家に遊びに行ったり来たりの交流をずっと続けさせて頂いていました
 Rさんご夫婦には 私が渡英した時と前後して 男の子が産まれたのですが この坊や 他の同い年の子供より少しだけコミュニケーション能力の発達がゆっくりしているため ご夫婦は坊やが生まれてから今現在も 彼の話す能力を伸ばすため ありとあらゆる努力をされています Rさんも専門医やスピーチ セラピストにかけあうことは勿論 自分でも坊やの状況をもっと知らなければと 医学の専門書や文献を紐解き 日々勉強もなさっています また坊やには食物アレルギー反応も見られ 小麦粉や乳製品などは一切食べられないため 彼に合ったレシピの研究 開発にも余念がありません
 現在坊やは小学生 イギリスでは日本と違って 発達のゆっくりした子供や障害がある子供も できるだけ健常者の子供と同じクラスで学ばせるのが通常で Rさんの坊やのようなお子さんには 1人ずつ ヘルパーも付きます 日本と比べるとかなり恵まれた状況にも見えますが やはり最後は人間同士 意見や性格の相違から来るぶつかり合いもあり また州によっては専門医が極端に少ないため(例えば彼女の住む州には 坊やのためのその道の専門医が1人しかいないとか。。。)例えその医者の考えに疑問を持ったとしても その専門医と付き合っていかざるを得ない そしてその専門医が自分達の意に反する治療法や方針を坊やに採ろうとするなら  断固戦っていかなくてはいけない。。。Rさんのお話を聞いているとまさに 日々戦いのように思えます
 私が彼女の立場なら とてもここまで来る事は出来ず きっと日本に帰国して自分の親にすぐ頼ってしまったことでしょう Rさんは言葉も習慣も違う異国で 普通に子供を育てることすら大変だと言うのに まさに毎日孤軍奮闘(勿論ご主人や義理のお母様とも協力されていますが 自分の子供は自分で守らなければ。。。という意味ではです)彼女の話を聞く度に 私は己の怠惰さを深く反省させられるのです こんな大変な 恐らく母としては息子の将来を考えて 眠れない夜も多々あったであろうと思われるのに Rさんはいつもにこにこと微笑を絶やすことない方です 今回も急な帰国だったにも関わらず 私にお土産まで下さいました!
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 三角ピラミッド形でお馴染みの紅茶”PG”と沢山のイチゴやラズベリーなどのベリー類をチョコで包んだお菓子 とても美味でした

  一体彼女の強靭さはどこから来るのか やはりそれは”母性”という一言に尽きるのでしょうか。。。私が訪問中も 坊やが遊んでいて誤ってベットから床に転げ落ちてしまったのですが 泣き止まない坊やを優しく抱いて 彼を落ち着かせるため何曲も日本の童謡を歌いながら頭を摩ってあげているRさんの姿は まさに慈愛に満ちていたように思えました
 Rさん 素敵な再会のひと時 有難うございました また いつか地球のどこかでお会いしましょう!(私達があちこちふらふらしているせいですねー)
 
 さて 短い関西滞在だったけど 久しぶりに梅田のビックマック付近などもうろうろ 懐かしかったなあ 私は長年慣れ親しんでいるせいか やはり関西が好きだなということを再認識しました あー でも真夏に再び訪れたなら その暑さの余り また違ったことを言い出すかもしれませんが。。。。 
  
 
  

2009-04-21

「この自由な世界で」&「Sweet Sixteen」

 少し前の話になりますが ケン ローチ監督の映画を2本立てで見ました 最新作と2002年製作、ロンドンとスコットランド(恐らくグラスゴーの郊外)、そして主人公はシングルマザーと16歳の誕生日を明日に控えた少年と 設定の違いは多々あれど この2作品にはかなりの共通テーマが見られ それがまた監督の人間を そして社会を見つめる視点となっているのかなと考えさせられて いい組み合わせの2本立てでした(映画館の支配人さんに乾杯!)

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     (この写真は blogs.yahoo.co.jp/matu153cm/archive/2008/09/03より)

 まず双方とも題名がいい!「この自由な世界で」(原題は「It's a free world。。。」)は ロンドンで働くシングル マザー アンジーが東欧からの移民労働者専門の派遣会社を些細なこと(セクハラを受け それに毅然と立ち向かったこと)で首になり 何とかカード借金地獄から抜け出し(イギリスのクレジットカードは 毎月決められた最低金額さえ払えば残りの残高を返済しなくとも 利子は付かない仕組みなので うっかりすると雪達磨式にカード借金が増えます 個人的にこのシステムは大嫌いでした)小学生の息子と再び暮らせることを夢見て(彼女はフルタイムで働いているためか?息子を近所の自分の両親に預けて 自分は友達とフラットをシェアして暮らしています)自ら移民労働者派遣の会社を立ち上げます 
 事はそんなに簡単には行かないよ 無茶をするなという知り合いの忠告も聞かず 親友と始めた派遣会社 まずは順調な滑り出しを見せたかのようですが 違法在者のイラン人につい同情心から仕事を紹介したことから 歯車が少しずつ狂い始めるのです 不法移民に偽造パスポートを与え 仕事を斡旋するのは勿論法律違反 見つかれば禁固5年以上の刑罰です しかし顧客からの要求にもっと応えようと そして不渡りの小切手を掴まされた損を取り戻そうと 彼女の行動はエスカレート 仕舞いには 自分が探してきた45人ものウクライナ人労働者の住まいを確保するため 何と先のイラン人とその家族がこっそり隠れている不法移民達の隠れ家を 警察に密告してしまいます これには今までアンジーに協力してきた親友も堪忍袋の緒が切れ 彼女を見放します 何かと手を貸してくれた親切なポーランドの若者も国へ帰る決心をし 両親は彼女のやっていることにただ呆れるばかり そして遂に決定的なことが起こり。。。。
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   (この写真はwww.impawards.com/2003/sweet_sixteen.htmlより)
                     
 一方の「Sweet Sixteen」 こちらも随分皮肉な 悲しいタイトルです 主人公リアムの母は やくざのボーイフレンドの為に刑務所暮らし リアムは母に そんなやくざな男と別れて何とか幸せに2人で暮らせるよう 郊外にバンガローを買うことを夢みます そのためにはお金が欲しい タバコの密売位ではらちが開かないと思った彼は 親友と母のボーイフレンドから麻薬を盗み それを売ろうとします その様子を見た 麻薬売人のボスが彼の腕を見込んで彼を子分にし その後の彼の働き振りを認めて 素敵なフラットまで提供してくれます 意気揚々と 刑を終えた母を迎えに行ったリアム しかしその後 彼を襲った 全く予期せぬ出来事は 彼の運命を完全に狂わせてしまいます   
 ラストシーン 警察に追われる身となったリアムが海岸で 姉からの悲痛な電話を受けます「何てことなの 何て悲しいことなの 今日はあなたの16歳の誕生日なのに。。。」

 両作品とも非常にリアルなタッチで まるでドキュメンタリーを見ているように 俳優たちは自分の役を生きています 詳しいことは分かりませんが もしかしたら彼らは過去に似たような境遇に自分の身を置いていたのではないか??そんな風にも錯覚させられるほどです
 そして 扱っているテーマは 双方とも今日の英国が抱えている大きな社会問題を含み 大変重たいものばかりです 不法就労者と彼らを利用する人々、麻薬、青少年の犯罪及び劣悪な家庭環境等 枚挙に暇がありません
 けれども 私が一番面白いと思ったのは 双方の作品とも主人公達が あまりにも1つのことに囚われ過ぎてしまい 周りが見えず 従って正しい判断が下せないばかりに 自分の人生を読み間違え 誤った方向に踏み出してしまった その過程でした 例えばアンジーはお金を稼いで今の生活から抜け出し もっといい暮らしがしたいと思うばかりに この自由競争社会では何でもできると仕事の手を広げた結果 掴まされた不渡小切手のため 賃金を払うことが出来なかった労働者から 息子の命まで狙われる羽目になります そして映画は 彼らに払うお金を稼ぐため さらに安い労働力を求め ウクライナで労働者と面接をしているところで終わっています 彼女のなりふり構わないやり方に呆れ 本当に彼女にとって必要だった人々は 皆彼女から去ってしまいました 彼女が搾取される側(雇用されるが 一方的に解雇される側)から ほんの少しだけ搾取する側に回ったとき その代償に彼女は何かを失ったのです しかし彼女も所詮 さらに大きなパワー 経済力を持っている者(顧客)から使われる(搾取される)身でしかなかったのです
 一方のリアムは 母親と2人で暮らす そのことだけを切に願いすぎていたため 母親が本当に何を望んでいたのか どんな人間なのか見ようとはしませんでした 15,6歳の少年に理解しろと言う方が難しすぎることかもしれませんが 母親が実はどんなな仕打ちを受けても やくざなボーイフレンドから決して離れようとはしないことを 年がそれ程違わない姉は冷静に見抜いています しかしリアムはそんな母の態度が信じられず 早く母の呪縛から逃れて欲しいと 本当にリアムのことを思う姉に逆に罵詈雑言を浴びせますが ついに現実(母が自分ではなく ボーイフレンドと暮らすことを選択したこと)を見せ付けられ とうとう母のボーイフレンドを刺してしまうのです なんという結末。。。彼は 母と暮らす事を夢見た家を手に入れるため 無二の親友までも失くしたというのに。。。
 私は1年間だけ イギリスの片田舎の農業地帯に住んだ事があります そこは英国中の野菜の2、30%を供給する 一大野菜産地でした そしてその地域では 当時数多くの東欧移民が農家に雇われていました 彼らは1軒の家に15人程で住まわされ(何と庭の納屋にも住んでいました!)朝から晩まで 腰をかがめ 畑でキャベツなどを収穫していました そして その地域では急速に移民が増えたため 地元民との対立も起こり また社会保険などの急速な増大(英国ではEU市民ならば 医療も無料 失業すれば失業保険や住宅手当も請求できます)が地域経済を圧迫し始め 社会問題に為りつつありました 彼らも「この自由な社会で。。」の様に 派遣会社から斡旋し送り込まれてきた人達だったのかもしれません そして 英国経済も世界同時不況の影響を受け 急速に減退している今 一体彼らはどうなっているのでしょう。。。いや 似たような話はイギリスだけでなく 日本にも世界中に溢れているに違いありません   
 

2009-04-20

房総半島を行くー大山千枚田

 房総半島は その温暖な気候や手付かずの自然があちこちに残っていることから 首都圏から手軽に行ける日帰り及び1泊旅行先として 人気のようですが 関西出身の私にとっては 全く未知の世界です(首都圏と言うと どうしても大都会を思い浮かべてしまいますものね)この房総半島に 日本の棚田100選にも選ばれた 素敵な所があるると聞いて 早速行ってみました それがこの ”大山千枚田”です
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2009-04-15

取り急ぎ近状報告です

 少し更新をご無沙汰していました 4月から新しい仕事を始めたのですが 例え半日と言えども お仕事をしていると 1日あっという間に終わってしまい 中々新しい記事を書き出せないでいます 書きたいことは色々あるのですがね。。。でも、私の仕事は月の前半に集中していますので 後半に少しゆっくりできるようになったら またぼちぼちとブログの更新いたしますね
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 パリはロダン美術館にあった 私の大好きな彫刻 顔半分に被さったベール まるで石とは信じられない 布の柔らかい手触りや そのふわっとした軽さが伝わってきます 彫刻の表情もとてもドラマチックで 私は彫刻の美しさに魅入られて いつまでもずっと その前に立ち尽くしていました

2009-04-09

衣笠再びー満開の桜とペニーレイン 

絶好のお花見日和となった先週末 仕事の後 再び衣笠公園に行ってみました この公園には1週間の週末にも訪れたことは 3月31日の日記にも書いたとおりですが 到着してあっと驚きました 1週間前はやっと開花した状態の桜が わずか1週間で満開(31日の写真と比べて見て下さい!)
               
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2009-04-02

Haris君

 私には14歳になる息子がいます!彼の名はHaris インドネシア在住の男の子 そう 彼は私のフォスター チャイルドで 初めて書面で出会ったときから 早5年余りが経とうとしています
 きっかけはスペインに住んでいた時 まだスペン語もままならなかった当時 現地の言葉が出来ない私には 仕事はおろか ボランティア活動すらも難しく 日々できることはとても限られていました それでもこんな自分にも出来ることが何かあるのでは?と 探した挙句 見つけたのがフォスターペアレントを募集していた ”Plan”という国際組織 早速連絡を取って 里親になりたい!と申し出 紹介されたのが Haris君でした その頃はまだ小学生で小さかったけど 初めて送ってくれた彼の写真では 彼の精一杯の気持ちの表れか 日本語のプリントされたTシャツを着てくれ 真っ直ぐ前を見て にっこり笑っていた 日焼けした肌と大きな黒い瞳が印象的で とても素朴で明るい感じの子だった 
 その後 私がイギリス、そして日本と転居する度 彼は手紙で”どうして引っ越したの?”と訪ねてきました 生まれたときから ずっと家族と今の村にいて 恐らく村人の殆ども変わることなく 代々そこに住んでいる そんな環境に育った彼にとって 私のような人間は一体何をしているのだろう?と疑問に思えて仕方が無かったのかも知れませんね
 彼の両親は農業を営んで お米などを作っていますが その暮らしは決して楽ではなく おまけに インドネシアは 最近度々大きな災害にも見舞われ ニュースで”インドネシアで。。。”と聞くと 私もドキドキしてしまい ”どうか あの子の住んでいる島は無事でありますように!”と祈る気持ちで もう 遠い海の向こうの出来事ではなくなっています それでも今現在まで Haris君とその家族は全員健康で 元気に毎日をすごしているそう 特に水洗トイレが設置された後 衛生状態も随分向上したそうです
 彼も今や中学生 毎日遠い学校まで歩いて登校しているとか 発展途上国の多くは学校が少ないせいか 村々からとても遠く 子供は皆長時間歩いて通わなくてはならないし 子供と言えども立派な働き手として早くから親を手伝うよう期待されているので 学校に通い続け 卒業することが大変難しいそうです そのため学校側は少しでも多くの子供が定着するよう 国際機関などの協力を得て給食制度などを整え 学校に来れば子供はお昼ご飯が食べられる(従って親は1食分の負担が減る)ことを 親にもアピールしたり あれやこれやと涙ぐましい努力を続けていると言うお話は 昨年開催された Plan のペアレントの集いで教えて頂きました
 一度Haris君にクレヨンとスケッチブックを送ってから 時々自分で描いた絵を送ってくれるようになりました 彼は山岳部に住んでいるのですが送ってくれた絵には まだ見ぬ海への憧れなのでしょうか海も登場しています 
 最初もらった彼の自己紹介の手紙には 将来警察官になりたいと書いていたっけ きっと正義感の強い子なんだろうなあ 里親としての支援は彼が18歳になるまで続くので あともう少しのお付き合いだけど その後も元気でいつまでも 明るいHaris君でいて欲しい そして健康で幸せな人生を送って欲しい 輝かしい未来を君は持っているのだから。。。日本の母からの願いです 
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プロフィール

Kazue イギリス人の夫と6年余りの英国、スペイン生活を経て 2008年夏 日本へ帰国

Author:Kazue イギリス人の夫と6年余りの英国、スペイン生活を経て 2008年夏 日本へ帰国
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